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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)822号 判決 1965年8月04日

控訴人 岡部かよ

被控訴人 亡山下実訴訟承継人 山下珠美 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人山下珠美(以下被控訴人山下という)は控訴人に対し原判決末尾添付別紙目録(一)記載の宅地(以下本件宅地という)につき経由されている同目録(二)記載の抵当権移転登記(以下本件(二)の抵当権移転登記という)並びに同目録(三)記載の仮登記移転登記(以下本件(三)の仮登記移転登記という)同目録(四)記載の建物(以下本件建物という)につき経由されている同目録(五)記載の抵当権移転登記(以下本件(五)の抵当権移転登記という)並びに同目録(六)記載の仮登記移転登記(以下本件(六)の仮登記移転登記という)の各抹消登記手続をなすべし。被控訴人株式会社大阪相互銀行(以下被控訴銀行という)は控訴人に対し本件宅地につき経由されている原判決末尾添付別紙目録(七)記載の抵当権設定登記(以下本件(七)の抵当権設定登記という)並びに同目録(八)記載の所有権移転請求権保全仮登記(以下本件(八)の保全仮登記という)本件建物につき経由されている同目録(九)記載の抵当権設定登記(以下本件(九)の抵当権設定登記という)並びに同目録(十)記載の所有権移転請求権保全仮登記(以下本件(十)の保全仮登記という)の各抹消登記手続をなすべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人山下訴訟代理人及び被控訴銀行訴訟代理人は、いずれも主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出援用認否は、左記のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、

一、代物弁済予約上の権利は、民法第五〇一条本文の解釈上代位の対象となり得ない権利である。即ち、右法条の代位の対象となり得る権利は、本来の債権自体の効力及び本来の債権に対する担保自体として本来の債権自体より生ずる権利の範囲に限定せられ、これとは別個の発生原因を有する契約から生ずるに至つた権利までも含まれないものである。代物弁済予約上の権利は、担保類似の作用をすることがあつても、性質上それ自体は本来の債権の担保そのものではなく、債権者が本来の債権と関連せしめることによつてその地位を強めるため本来の債権発生の原因たる契約とは別個の契約に基いて予約しその予約から発生する権利であつて、本来の債権の効力及び担保としてのものでなく、別個に存在する権利である。従つて、代物弁済予約上の権利は、同法条本文の債権の効力及び担保として債権者が有せし一切の権利中に含まれないもので、代位の対象となり得ないものであるから、債権者の有していた代物弁済予約上の権利は、代位弁済の効力として本来の債権消滅と同時に消滅するものである。よつて、被控訴銀行の本件宅地並びに建物につき有していた代物弁済予約上の権利は、被控訴人山下の先代山下実(以下山下という)において連帯保証人として訴外橋本義一(以下橋本という)の被控訴銀行に対する債務を代位弁済したことにより債権消滅と同時に消滅したものである。

二、代物弁済予約完結権を有する者は、その完結によつて弁済される債権者自身であつて、その者の債務者に対する完結の意思表示によつてはじめて代物弁済の効果を生ずるものである。しかして、本件宅地並びに建物につき代物弁済予約完結権を有する被控訴銀行は、主たる債務者橋本に対し右完結権を行使しない間に、山下から代位による弁済を受けたものであるところ、山下は右意味における債権譲受人ではなく、同人は本来の債権に対する連帯保証人として自らの保証義務を果すため代位弁済したものにすぎず、右完結権を有しない者である。してみると、山下から橋本に対し本件宅地並びに建物につき代物弁済予約完結の意思表示をなしたことを請求原因として被控訴人山下主張の如き訴訟を提起し、その訴訟承継人である被控訴人山下が勝訴の欠席判決を得ても、右判決は実質的には効果なく、橋本は右判決の既判力の及ぶ範囲でこれに服従しなければならぬが、右判決の既判力は第三者たる控訴人には及ばないから、山下には右代物弁済予約完結権なく、右完結権を有する被控訴銀行から橋本に対し右完結の意思表示がなされていないから、本件宅地並びに建物につき代物弁済の効果を生じていないと主張するものである。

三、代物弁済予約上の権利は、前記の如く、民法第五〇一条本文の解釈上代位の対象となり得ない権利であるから、右権利の譲渡については同法第四六七条により譲渡人から債務者に対し譲渡通知をなし又は債務者の承諾がないときはその譲渡を以て債務者その他の第三者に対抗することができない。しかして、右通知又は承諾は確定日附ある証書を以てしなければ債務者以外の第三者に対抗することはできないのである。ところが、本件宅地並びに建物についての代物弁済予約上の権利を山下に譲渡した被控訴銀行は債務者橋本に対し右譲渡通知をなしておらず、又橋本の承諾を得ていないから、山下の右権利の譲受は第三者である控訴人に対抗することはできない。

四、被控訴人等は、被控訴銀行が本件宅地並びに建物につき有せる代物弁済予約上の権利及び所有権移転請求権保全仮登記の権利は被控訴銀行から山下に譲渡せられたものでなく、山下の弁済により法定代位の効果として山下が被控訴銀行の有していた右代物弁済予約上の権利等を取得したものであると主張するのであるから、被控訴銀行と山下間には右権利譲渡の契約は存在しないというに帰する。しかるに、本件(三)及び(六)の各仮登記移転登記は、原因権利譲渡として権利譲渡登記がなされているのであるから、右仮登記移転登記は権利譲渡の契約がないのに右契約がある如く虚無の事実を原因としてなされたもので実体上の法律関係と一致せず、その登記原因を欠き不適法なものとして抹消されねばならない。

と述べ、

被控訴銀行訴訟代理人は、

一、代物弁済予約上の権利は、民法第五〇一条本文の代位の対象となり得る権利であるが、同条一号の制限を受けないものであるから、これと異る見解を前提とする控訴人の主張は失当である。

二、山下は、橋本の被控訴銀行に対する債務につき連帯保証人となつたものであるから、山下は、被控訴銀行に対してなした弁済により当然被控訴銀行に代位し、被控訴銀行が橋本に対し担保として本件宅地並びに建物につき有せる代物弁済予約上の権利並びにその所有権移転請求権保全仮登記の権利も法律上当然に山下に移転したものであり、被控訴銀行が山下に右権利を譲渡したものではない。しかして、法定代位による権利移転には対抗要件を必要としない。本件(三)及び(六)の各仮登記移転登記には、右権利が譲渡を原因として山下に移転した旨記載せられているけれども、これは山下の錯誤に基くものである。仮りに、被控訴銀行が右権利を山下に譲渡したものとしても、代物弁済予約義務者たる橋本その他第三者たる控訴人に対抗するためには、右仮登記に権利移転の付記登記をすれば足り、債権譲渡の対抗要件を具備する必要はない。

と述べ、

被控訴人山下訴訟代理人は、

一、被控訴銀行の右主張をすべて援用する。

二、代物弁済予約上の権利は、債務の弁済なき場合にその弁済に代えて代物を以て債権の満足を得させるものである。即ち、その制度は債務の全部又は一部の弁済の方法の一種であつて、債務の弁済又は債権の満足については何等抵当権又は質権の制度とその趣旨において異なるところはない。代物弁済予約契約も、抵当権設定契約も、共に本来の債権とは別個に発生しており、代物弁済予約上の権利のみが本来の債権とは別個に発生したものであることを理由に抵当権と異別に取扱うことは不当である。代位弁済があつた場合は、債権者と債務者間の債権関係並びに債権者が債権確保の方法として有していた一切の権利は債権者から代位弁済者に移転し、弁済者は自己の権利としてこれを行使することができるものであるが、その行使は求償をなし得べき範囲に限定されるのみである。債権確保の一方法たる代物弁済予約上の権利を、他の担保権と異別に取扱い、代位の対象となり得ないとすることは正義公平の立場から考えて納得することができない。

三、被控訴銀行の有する代物弁済予約上の権利並びにそれに基く所有権移転請求権保全の仮登記の権利が山下に移転しその移転の附記登記がなされた場合には、右仮登記に基く本登記請求権は山下に帰属するから、代物弁済予約完結の意思表示は山下においてなすべく、被控訴銀行のみが完結の意思表示をなす権利者であるとなすことはできない。即ち、代物弁済予約完結権者は代物弁済予約の権利者であつてその他の何人でもない。

四、山下は、法定代位により被控訴銀行の有する代物弁済予約上の権利並びにその所有権移転請求権保全の仮登記の権利の移転を受けたのであるが、その登記の発生原因が譲渡となつているけれども、右は何等仮登記移転の効力を左右するものではなく、又、これを以て債権の譲渡となすことはできない。

五、本件(三)及び(六)の各仮登記移転登記を以て、仮りに被控訴銀行が山下に権利を譲渡したものとするならば、民法第五〇一条本文の適用なきものとしても、同条一号の適用なく、控訴人の本控訴請求は同法第一七七条不動産登記法第六条第七条の規定に反し失当である。

と述べた。

理由

当裁判所は、控訴人の被控訴人等に対する本訴請求はいずれも失当であると認める。その理由は、左記のとおり付加補正するほか、原判決理由に記載するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

一、民法第五〇一条本文によると、弁済者の代位することを得る権利は債権の効力及び担保としてその債権者が有せし一切の権利であつて、代物弁済予約は、消費貸借の当事者間において債権者が自己の債権の弁済を確保するため債務者が期限に債務を履行しないときは特定不動産の所有権を債権者に移転することを債務者と予約するもので、担保物権を設定したと同一の機能を果たすものであつて、この予約に基く権利は、先取特権不動産質権又は抵当権と同じく、債権者が債権の担保として有する権利であると解するのが相当であるから、弁済をなすにつき正当の利益を有する連帯保証人が、主債務者の債権者に対する債務を弁済したときは、当然債権者に代位し、債権者が有していた代物弁済予約上の権利を取得しこれを行使し得るものというべきである。しかして、代物弁済予約上の権利は、前記の如く、債権者が債権の担保として有する権利であつて、同条一号掲記の先取特権不動産質権又は抵当権とその機能を同じくするものであるから、同条一号を適用して、保証人は予め債権者の代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記にその代位を附記しなければその代物弁済予約の目的たる不動産の第三取得者に対して債権者に代位しないものと解すべきである。ところで、同条一号の代位の附記登記を必要とする規定の趣旨とするところは、保証人の弁済によつてすでに消滅したものと考えられた不動産上の担保たる権利が、代位によつて存続するものとなすことが第三取得者に不測の損害を及ぼすことを慮つた点に存する。してみると、保証人が弁済する前の第三取得者は保証人の代位によつて不測の損害を受けるおそれがないから、保証人の弁済後弁済によつて担保の権利が消滅したものと信じて第三取得者が取得する前に代位の附記登記がなされれば足り、保証人が予め登記をなさないことによつて代位をなし得なくなるのは、その弁済後に生じた第三取得者に限ると解するのが相当である。本件についてこれを観るに、控訴人が橋本から本件宅地並びに建物の所有権を取得してその所有権移転登記を経由した後、連帯保証人たる山下が主たる債務者橋本の被控訴銀行に対する債務を弁済し、本件(二)及び(五)の抵当権移転登記並びに(三)及び(六)の仮登記移転登記をなしたものであるから、山下は第三取得者たる控訴人に対し被控訴銀行の有した本件宅地並びに建物についての抵当権及び代物弁済予約上の権利を被控訴銀行に代位し取得したものというべきである。右に反する控訴人の主張は採用し難い。

二、山下は、連帯保証人として弁済をなすにつき正当の利益を有する者であつて、債権者なる被控訴銀行の承諾を要件とすることなく弁済によつて当然被控訴銀行に代位し、被控訴銀行が本件宅地並びに建物につき有せる代物弁済予約上の権利は山下に移転したものであるから、右弁済の時からは、債務者橋本に対し代物弁済予約完結権を行使し得るものは山下であつて被控訴銀行ではない。しかして、山下が橋本に対し代物弁済予約完結の意思表示をなしたことは、さきに引用の原判決理由記載の山下の橋本に対する右代物弁済の予約完結権を行使したことを請求原因として訴訟を提起し山下の承継人なる被控訴人山下の勝訴判決がありその判決が確定した事実に徴し、これを肯認するに足る。よつて、右に反する見解を前提とする控訴人の主張は失当である。

三、弁済をなすにつき正当の利益を有しない者は、代位をなすにつき弁済と同時に債権者の承諾を要し、この場合には民法第四六七条の規定を準用し、債務者に対し代位を対抗するには、債権者の代位の通知又は債務者の代位承諾を必要とし、債務者以外の第三者に対しては確定日附ある証書を以てすることを要することは、同法第四九九条の規定するところである。しかしながら、弁済をなすにつき正当の利益を有する者は、弁済により当然債権者に代位し、この場合にはその必要がないことは同法第五〇〇条の規定により明らかである。代物弁済予約上の権利を仮登記によつて保全した場合に、法定代位により右予約上の権利の取得を予約義務者その他の第三者に対抗するためには、仮登記に権利移転の附記登記をすれば足り、債権譲渡の対抗要件を具備する必要はないと解すべきである。山下の本件宅地並びに建物についての本件(三)及び(六)の各仮登記移転の附記登記がなされている本件にあつては、これを以て、予約義務者なる橋本その他の第三者なる控訴人に対しその対抗要件を具備せるものというべきである。この点についての控訴人の主張も採用し難い。

四、本件(三)及び(六)の各仮登記移転登記は、原因権利譲渡として権利譲渡の登記がなされていることは成立に争のない甲第一号証の一、二により明らかである。しかして、前記の如く、連帯保証人たる山下は弁済により債権者なる被控訴銀行が本件宅地並びに建物につき有せし代物弁済予約上の権利を代位により取得したものであるが、その登記は、必ずしも代位を原因とする仮登記移転の附記登記のみに限らず、譲渡を原因として仮登記移転の附記登記をすれば足るものと解するのが相当である。蓋し、弁済者が代位によつて附記登記をなす場合においても、譲渡の場合と同様、附記によつてこれをなすものであつて、ただ登記の事項欄において代位弁済による移転なることが明らかにせられるにすぎず、代物弁済予約上の権利譲渡の登記の形式によるも、単に登記簿上その移転原因の表示を異にするに過ぎないものであつて、敢て第三者の利益を侵害することはないから、代物弁済予約上の権利の譲渡による仮登記移転の附記登記を以てこれに代え得るものというべきである。右に反する控訴人の主張も採用することができない。よつて、控訴人の被控訴人等に対する本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)

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